「素材の特性をお題にした大喜利をやってるなと思います。」
現在東京でニット作品の制作をされている OCTOBER & MARCHの島奈津さん。ニットでこんなものも作れるんだ!という新たな発見をもたらしてくれる彼女の作品が生まれる背景をちらりと覗いてみましょう。
作品作りのきっかけ
ーー かぎ編みで作品作りを始めるきっかけとなったことを教えてください。
下の子の妊娠中にベビーシューズを毛糸で作っていたんですよ。それで革や合皮以外の素材で靴を作れないかなって考えていたんです。私は元々靴の仕事をしてたので。
で、たまたま目の前にニットがあったので、製法としてニットが良いのではと思い、色々と調べました。例えば「Knit, Shoes」で検索すると、ビーチサンダルのソールに直接穴を開けて毛糸を編み込んでいく海外のものが結構出てくるんですよ。そういう趣味の手芸みたいなカテゴリーであるんだと知りました。
それは普通の毛糸だったので、ちゃんと外履きとして機能できる素材を探したことで今使っているポリエステルの糸に辿り着き、編み始めたのがきっかけではありますね。で、かぎ編みですぐ作ることが出来たんですよ。
ーー すぐに形に出来るってすごいですね。
一応編み物の本を読んだりとかしたんですけど。私、小学生のとき手芸部でかぎ編みをやってたんですよ。それ以外だとチラシを細く折ってラタンのバスケットみたいなものをすっごい沢山作ったり。
ーー あ~、おばあちゃんがよく作ってるやつですね。
あれ多分今作ったらすごい上手いと思いますね。笑 かぎ編みで何を作っていたかというと、今はもう見ないと思うんですけれども、丸いドアノブのカバーとか。自分で作ったカバーを家中のドアノブにつけていて。笑
昔手芸をやっていたことを思い出したんですよ。小学校を卒業して以来ずっと編み物をしてなかったのですが、意外と手は覚えてることに驚きましたね。それで割とすんなり始めることができました。平面を縫い合わせて立体にするニットのお洋服とかはあるんですけど、立体的に成形するのは珍しくて面白いなと思いましたね。
ーー 小学生の頃の記憶があったからこそ、靴づくりの技法としてかぎ編みを使うアイディアがすぐ出てきたんですかね。
そうですね、それはあるでしょうね。あとは色んなタイミングですね。当時は妊娠中で外に職人さんに会いに行くことや、工場に入るとかできなかったんですよ。例えば革を使う場合は大きな机で作業をしなければいけないので。そういう制約がなくて、この狭い範囲で始められることも良かったと思いますね。
素材について
ーー 先ほど外履きで使える素材として、ポリエステルの紐を選ばれたとお話されてましたが、その素材を使われている他の理由はありますか?
毛羽立ちが無いこと、それから光沢もあんまりないこと。紐の中にはゴムや何か芯が入っていて、その周りをナイロンやポリエステルがぐるぐる巻きついているんですが、それがすごく細かいので毛羽立ちが少なく、まとまりが良いんです。マットな質感で輪郭がはっきり出るので、自分の表現したい雰囲気にもぴったりだったので。なんか上品ですしね。
ーー この素材にたどり着くまで他の素材も試されたりもしたんですか?
試したと思います。でもすぐ辿り着きましたね。ゴム紐じゃなきゃいけなかったので。ゴム紐自体が素材として種類が少ないので、すぐ見つかりました。
ーー なぜゴム紐である必要があったんですか?
元々靴を作るために選んだ素材なので、機能的に伸縮性が必要だったんですよ。革の紐もあるのでそれも検討したんですけど、やっぱり足あたりがちょっと痛くて向かないなと思いました。裏地とかをつければまた違うんですけどね。
かぎ編みという技法の魅力
ーー かぎ編みという技法で作品を作る面白さをぜひ教えてください。
面白さというか利点は、すぐ試せることですね。機械や危険な工具を使う必要がなく、素材さえあればすぐ始められること。頭の中にあるものを目の前ですぐ作れることが利点であり、面白い点でもあると思います。自分の思っていた形にならなくても、そこから別のアイテムになるかも、と手を動かしながら辿り着ける面白さもありますね。
ーー すぐに試作を繰り返すことができるのは良いですね。反対にデメリットや難しさは何ですか?
キーチャームは金属の部品の周りにポリエステルの紐を編むことで作られている。
影響を受けたアーティスト
ーー 色使いがとても素敵ですよね。色は何からヒントを得て選んでいますか?
色は明らかに作家さんとか好きなアーティストさんの影響はありますね。一番影響を受けているのはブルーノ・ムナーリです。モビールや絵本で有名ですけど、彼が作っているものはもちろん、色使いも。
ムナーリさんは芸術家ともデザイナーとも言えますよね。絵本作家でもありますし。色んなジャンルを越境できる人というか。彼の作るものって重量的に軽いものが多いなと最近気がついたんですよ。モビールがまさにそうで、「旅行のための彫刻」という作品があって簡単に言うと折り紙で、こういう感じ。 (手元にある紙を半分に折って立てる) これを旅先に持って行ってホテルで飾りなよ、というコンセプトのものです。精神性の軽やかさが作るものにも現れていて良いなと思っています。
ーー 色使いだけでなく、軽やかなマインドにも影響を受けているんですね。
そうですね、好きで影響を受けていて。ムナーリさんもそうなんですが、私もすごい多作なんですよ。私の場合は靴から始まり、派生してインテリアプロダクトまで作っているので。色々なものを試しながらジャンルを軽く超えていくというか、そういうスタイルにすごく影響を受けていると思いますね。
色で言うと、いわゆる抽象表現主義と言われる作家の影響も感じます。好きな理由はみんな作品が大きいところかなって。笑マーク・ロスコとか巨大じゃないですか、もはや壁紙みたいに。
他の好きなアーティストも皆作品が全部大きくて、色を意識的に使っている人たちなんですよ。まぁ、ムナーリさんは小さいプロダクトが多いんですけど。大きい作品から感じる色の体験が好きなのかもしれないですね。エルズワース・ケリーやバーネット・ニューマンの色の見せ方に惹かれますね。単色や組み合せによっても感じるものが違いますし。
あとはルイス・バラガンというメキシコの建築家。あの人もまさに色ですよね。作るものが違えど、みんな何かしら色の体験をさせている人たちだなと。私はそこまで大きいものを作っていないんですけど、小さいものでもそういう体験ってできると思っています。
ーー たしかにGRID VASEは小さくてもパキッとした色だから一つあるだけできっと空間が楽しい雰囲気になりますよね。小さくても影響はあるだろうなと。
そう、大きい必要は意外となくて、そういう小さいものから影響あるのかなって思います。それこそお洋服とかもそうですよね。
発想の源
ーー キーチャームはカバンの部品を生かすことから発想されていると以前お伺いしましたが、他のアイテムはどのような経緯で生まれてきたんですか?
やっぱり素材ですね。靴作りのときは機能や、作りたい形に適した素材を選んで制作していたんですけど、他の作品は全部素材から始まっています。例えばGRID VASE。この作品に使われている「マツバ」っていうコードはすごく細いけど、すごく硬いんですよ。めちゃめちゃ頑丈でワイヤーみたいな感じ、でも金属ではない。自立する特性を生かして何かできないかなって考えて生まれたものです。同じポリエステルでもフレームに使っている素材は伸縮性があるから、これは絵を挟むことが出来るなと思って作ったものです。
素材の特性をお題にした大喜利をやってるなと思います。笑 これで何ができる?みたいな考え方で、単に沢山作るのではなく、面白くしたい、魅力的にしたいっていう気持ちで。
制作と気持ち
ーー 作るときに大切にしていることはなんですか? 気持ちの面で何かあれば教えてください。
すごく意識していることはないんですけど、やっぱりその時間自体を楽しんでいることが大切なんだろうなと。そういう気持ちが何かしらの形で作品に反映されているんだろうなと思います。
あと、ムナーリさんに追従しているわけではないんですが、「軽やかな精神」で作りたいなっていうのはありますね。ブルーノ・ムナーリの「ゼログラフィーア」というすごく面白い作品があって。コピー機が普及し始めた頃に作られた作品で、ムナーリさんが「ワオ、なんて面白い機械なんだ!」って思っている姿が作品から想像できるんですよ。例えばバイクの絵を動かしたら走っているような絵になる。制作のプロセスも楽しんでいて、しかもちゃんと作品として残っているのもすごく良いなって思います。
ーー 楽しい気持ちがあるからこそ、どんどん手が動いて色んな作品が生まれると思うんですけど、苦しい時や手が止まることはありますか?
ありますね。何がなんだかわからなくなって一回休ませようみたいな。笑 そういう未完成のものがいっぱいあります。でも時間が経つと使えるかもと思って、未完成のものを引っ張り出してくることはありますね。すっごい中途半端なものなんですが。何もゴール見えていないのに、よくここまで編んだなと思うものもありますね。笑 それ自体を眺めながら違うものを考えたりとか、インスピレーションの源にもなりえるから捨てずに置いています。
ーー なんだか科学者みたいですね。
無駄がいっぱいあるので。笑 けど、無駄の中にある光るものを信じたいみたいなと。
ーー ちなみに制作している時は何を考えていますか?
ラジオを聴いていることが多いので、考えていることは耳から入ってくる情報くらいですね。私はAMしか聴かないんですよ。FMって割と音楽が多くて都会的な感じ。AMは人がずっと喋っていて、たまに音楽って感じ。そのお喋りを聴いています。音楽より人のお話が好きなんですよ。単純にラジオが好きなだけで、編む時間を利用しているだけかもしれないですね。笑
ブランド名の由来
ーー ブランド名 「OCTOBER & MARCH」の由来を教えてください。
子供たちの誕生月なんですよ。このブランドで靴を作り始めたのが下の子の妊娠中であったことや、私のものづくり自体子育てと共にあるので、ブランド名には何かしら子供にまつわる単語を入れたいなと思っていました。子供の名前を入れるのは違うかなと感じていたので、例えば10と3のように数字で考えてたんですけど、何となくOCTOBER & MARCHにしました。
ニット自体もちょっと子育てと似てるなと思いますね。本当に一目ずつしか進まないし、間違えては解いて戻り、で、また進んでみたいな。すごい似てるなと。それは後付けの理由かもしれないですけどね。
ーー ニットと子育てに関連性があるのは面白いですね。私には子供がいないので想像でしかないですけど、ニットのじわじわと形になっていく様は子供の成長と重なる部分もあるのかなと思いました。
「じわじわ感」はすごくあると思います。久々に会うおじいちゃん、おばあちゃんに「すごい成長したね」って言われたりするんですけど、私にはそれは全くわからないんですよ。笑 毎日見ているので、背が伸びたのもわからないですし。本当に一日ずつちょっとした変化でしか進まない、でも着実に進むというのはありますね。
これからについて
ーー これからチャレンジしてみたいことはありますか?
違う素材で編んだ作品を作りたいなと思ってます。作りたいものがいっぱいあって整理できていないですよ。笑
例えばスツールとか、あとはディスプレイ。物自体ではなく見せるディスプレイもやりたいと思っています。素材の軽さを生かした伝え方を提案できたら面白いなと。
使う人に伝えたいこと
ーー 最後に使う人に伝えたいことがあればお願いします。
ものを通して対話をしたいなと。どんな人が、どういう部屋で、どんな使い方をしているのかなって、想像することがすごく楽しいので。例えばフラワーベースだったら、どういう使い方をするのか。特にフレームは何を飾るかでその人の人柄が出るので。直接会っていなくても、ものを通して想像することが対話の一つとしてなり得るのかなと思っています。
あとはちょっと興味があれば編んでほしいですね。ぜったい楽しいから編んでみてねって。
店主のつぶやき
初めて彼女の作品を目にしたとき、編み物の技法でこんなものが出来るんだ!と驚き、素材の特性を生かした合理的な形、チャーミングな色使いの作品にすぐ心を掴まれました。彼女がニットについて楽しそうにお話しされていることに触発されて、かぎ編みをはじめたのですが、これにも心を掴まれてしまいました。一本の紐を一本の針で繰り返し動かしているうちに形になるのは面白いですね。皆さまもぜひお試しあれ!
OCTOBER & MARCH
ニットを柔軟で多様な表現が可能な成形方法として捉えたコンテンポラリーなニットプロダクトのブランド。通常編み物には使用しない国内の組紐メーカーによる発色の良いポリエステルコードを使用し、全て手編みで仕立てている。材料のロスが少なく、最小限なスペースや人員で行われるミニマルな製法で、素材の特性を基に生み出されるユニークなアイデアを形にしている。
作品はこちら
Website: https://octoberandmarch.com/
Instagram: @october_and_march